雑記 - 2016年04月24日

 昔のゲームは今より遥かに難しく,トライアンドエラーを忘れてしまった今のプレイヤーにはこの程度のゲームですら難しく感じるのか,という,「おはようございます」という挨拶と同じくらい凡庸な,有史以来使われ続けている謳い文句があるんですけども,このインターネット全盛の2016年になってもまだ聞けるのはある種失われることのない美徳,誠実さとして感じられる面もありますね。どんな時代に生まれついても金太郎飴のように変わらない世界を見る事ができるのは良し悪しがあります。ゲームを取り巻く環境も僕がゲーム遊ぶようになってからそんなに変わってないですよね。

 難易度という曖昧な要素は環境の中央値で決まるようなものではないので,僕はそもそも何かと比較して難易度に言及する事がナンセンスだと思っていますが(スーパーマリオ1は今遊ぶとびっくりするほど難しかったりしますが,同時にあんなに難しいと言われつづけていたスーパーマリオ2があくびが出るほど退屈だったりするように),昔のゲームとかゲーマー向け,ゲームが本当に面白かった頃みたいな前置詞を並べるに当たって特定の何か,明確にイメージする作品があると思うのですが,今の所そういう何か具体的な指標があるという話は聞いた事がありません(もしくは聞いたけど覚えるのが面倒で忘れている)。

 これは別に難易度に限った話ではないんですけど,僕が思うに,思い出と比較しているのではないか,存在しない架空のゲーム,すばらしい無敵の空想と現実のゲームを比べることで自分の聖域を守ろうとしているのではないか(攻撃的なのは防衛思想の現れではないのか)という印象なのですが,どうでしょうか。どうでしょうかって何がだろうな。
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: