雑記 - 2016年05月26日

 最近,普通の人が頑張っても高みを臨めない,天才に及ばないという物語に美しさを感じるようになりました。努力友情勝利はひとつの美徳ではあるんですけど,努力や苦労は報われなくてはならないというのは双方向性である前提の考え方な気もします。

 で,何が良いのかというと,それがよくわかっていません。どちらかというと結果主義寄りなので過程にあまり興味なく,めっちゃがんばってるので良いみたいなのはあまり思ったことがありません。がんばったのでほめて欲しいという価値観の形成は大いに偏った生き方を招くきらいがありますが,日本の勤労は苦役に対価を支払っている向きがあるようにも思えます。親しい人や家族の前でいかに自分が苦労しているとアピールするかが自分の価値に繋がっていると見るような,この話は本筋に関係ないですね。

 かといって,もともとの素養が違うんだから勝つのが嘘っぽいみたいな,創作にリアルを求めているというわけでもないです(そもそもリアルという言葉が粗雑で,リアル,リアリティ,リアリズム,色々イメージが異なりますし,なんかこの話は前にした気がする)。大体あんまりリアルリアル言っていると凡人は土壇場で失敗するのが良いみたいな話になってしまいます。失敗するのとか見たくなくないですか。出来れば大成して欲しいでしょう。そもそも失敗の定義も怪しいところがあります。
 でも失敗するのが良いというのはちょっと近いかもしれません。基本的なストーリーラインを持つマンガって大詰めで失敗する事ってあんまりなくないですか。途中で冷や水かけられて勢いが衰える事はあっても基本的には前より加速したりしませんか。逆境に打ち勝ってこそ正義であるとか言われた経験ないですか。絶対に失敗出来ない場面は基本的に絶対に失敗せず,そういう局面でもしコケたら何が起こるのかとか知りたくないですか。いやしかしこれもちょっと違うかもしれないな。

 書きながらだと思考がまとまるかなーと思ったんですけどあんまりちゃんとまとまらなかったので,また今度。

ゲームのレスポンスに無頓着な日々 - 2016年05月21日

 ゲームのレスポンスが悪いと許せません。この場合のレスポンスは入力遅延の話ではなく,取りこぼしや入力が発生されない状況です。入力遅延も結果的には取りこぼしや入力認識が発生しない状況に繋がるのですがこの際置いておきましょう。そもそも今時分のゲームにおいて(オールドスクールなアスリート思想を持ついくばくかのジャンルを除いて)大勢として3フレーム程度の遅延は黙殺されて良いのではないかと思っています。誤解を招くような表現ではありますが,主題と関係ないし多分言いたい事は伝わるでしょう。

 ボタンを押しているのに正確に反応しない,これが1イントでも発生するとめっちゃ腹立ちます。今回はその話です。入力を受け付けないイベントシーンであるとか演出中とかであるという話ではなく,明らかに操作待ちのタイミングなのにボタンを押してもカーソルが動かないとか,ちょっと押したら想像以上に行き過ぎたとか,時々あるじゃないですか(僕はあります)。大体そういうのって処理落ち等に起因しているから待機時間も一律ではないし,いちいち画面を見ていなくてはいけない,プレイ時間が間延びし,遊んでいるプレイヤーのプレイリズムを破壊する,邪悪な操作応答と断言出来ます。その結果何が起こるかと言うと,プレイヤーのバイオリズムが狂い,24時間活動が出来なくなり,地球の自転周期から逸脱した生理体系を持つようになり,最終的にはゲームのレスポンスが悪い事により遅延した分体内時計がズレ込んで地球の自転よりも約40分長い,1日を24時間40分で過ごす火星人になり,全身からうろこが生え,指にはヒレが出来てしまうわけです。ゲームのレスポンスの大事さがご理解頂けたかと思います。
 アクション的な要素を持つゲームではこれらが致命的な問題に直結するため割と注意されている感じはあります。そこがダメだったらまともに操作出来ないゲームの烙印を押されて一発で滅ぶわけだし大変ですね。
 じゃあどういう所で問題が起こるのかというととりわけメニュー画面に起こりやすく,RPGなんかは戦闘でもメニューを操作する事が多いので頻繁に遭遇する印象が植え付けられるわけです。あっこいつ最近またRPGやってるんだなっていうのが伝わったかと思います。やっています。

 コンシューマにおいても古くはハ(略)や(略)ス等のメーカーがあまりメニューのレスポンスにこだわりがなかったように思えます。その点初期のFFは今遊んでも操作に対して軽快な反応を返してくれるのでプレイ感覚が快適です。スペックの改善によって操作の快適さが向上したかというとそういう事もなく,2016年現代の最新ゲームでもボタンを押してもメニューの取りこぼしが発生する! ってコントローラに握る手に血管が浮き出ているので環境の向上を操作感に割り当てるという気持ちはおそらくあまりポピュラーではないのでしょう。たぶんゲームを遊ぶ際に,その程度気にしない,気にもならない,言っている意味がわからないという人が多いからだと思います。これも別に具体的な指標とかはないんですけど,ゲームとか遊んでてたまに操作した感触にケチつけると同意を得られない事がしばしばあるのでそうなのかもなと思いました。

 極端なケースだと,どんな状況であれボタン入力を受け付けないのは認められないという人もいます。待機時間はゲームをただ見てなくてはいけない時間と同義で,中だるみする瞬間とも言えます。あらゆるタイミングでボタンに対する反応が発生し,それにより何らかの進行をゲームに与え続ける限りゲームプレイが非常に良好に感じられるという説もあります(ソースは自分)。
 僕は別に待ち時間はあって構いませんが,ボタン入力を受け付ける際は,押した数,押した時間だけ正確に反応してくれさえすれば良いと思っています。メニュー画面くらい「ちゃんと押せたかどうか」を確認しないで手早くにやりたいと思いませんか? いちいちメニュー項目を見てないとちゃんと操作出来ないメニューって僕はあんまり好きじゃないです。

 入力体系や待ち時間の発生のさせ方自体にはさまざまな宗派があり,たとえばメニューを1個動かすだけでも瞬時に次のコマに移動するタイプ,移動にアニメーションがありそれを待つタイプ,移動にアニメーションがあるけどその間に追加で入力が効いてまとめて動いてくれるタイプ,自由移動でマウス操作みたいにメニュー選ぶタイプ,十字キーなりボタンなりにメニュー構造が割り当てられていて任意の操作で特定のメニューを開けるタイプとか色々あると思うんですけど,別にその構造自体はなんでもよくて,操作を正しく受け付けさえすればどれも否定はしないのですが,押すのを待ってる時は押したら押しただけ動くようにはしろよという話でした。あっでもメニューは音が出るといいですね。確認しないでいい度が上がります。ドラクエとかメニューの操作音がないから不便ですよね。おわり

ナーホーザワールド - 2016年05月16日

 一人用ゲームの,ユーザーに不利益を与える確率が苦手です。ちょっと伝わるかわかりませんが,「悪い事が起こる確率」ではなく,「悪い事を起こす確率」です。ありがちな例だと,RPGで敵に不意打ちを喰らいPTが半壊状態になるなどは悪い事を起こす確率の僕の中でもっとも大きな例です。なんかランダムが悪い方に寄ってしまったりするのは悪い事が起こる確率の方です。ルールの外にあると思いませんか?
 最近RPGで不意打ちされて全滅される事がめっちゃあるのでそれくらいしかすぐに例が浮かばないんですけど,対応不可能な悪影響によってリカバリー不可能な問題が発生するのってめちゃくちゃつまらなくないですか?
 あとデスペナルティってあるじゃないですか。死んだ場合の罰則。デスペナルティが「そこまでの進行を担保する代わりの罰則」であるという前提をおいても,死ぬのに罰則が必要っておかしくないですか? そもそも死んで何らかの進行状況が戻されるのが既にペナルティなので,その上でより酷い目に合わされるとか文字通り死体に鞭打ってますよね。リセットしませんかそんなの? そんなのいきなり引かされるとか地雷原を全裸で歩いてるようなもんじゃないですか? むしろ賽の河原かよ。あー話があっちゃこっちゃ飛んでしまう。別にそんな話がしたいわけじゃないんです。

 まず平坦な環境があって,フラットな状況で起こり得るものって大体ゲームの内枠にあって,それってルールじゃないですか。今回はRPGの話しか出来ないんですけど,ダンジョンで敵が出る,さまざまな確率や数値の上に成り立っている対応を間違えると死に,いろいろなものを失ったり失わなかったりする。でもなんか特に対処出来ない謎の事象によってワンパンですべてを失うのって仕組みの外,通り魔じゃないですか。ルールがあり,それはそれとしてなんとなく即死する確率が設定されていると考えられませんか?(僕は考えています) ローグライクの即死トラップですら大勢においてまだ死んだやつが悪いという言い訳を立てる事が出来るというのに(たとえそれが罠チェックをしなかったとか言うあまりにふざけた理由だとしても)これじゃあんまりです。

 これもなんか言いたい事と違うような気がするな。まぁいいです。要するに不意打ち喰らって理不尽に全滅したので文句を言いたかっただけです。でも一人用ゲームの確率というか,なんかが起こった時の気持ちの動きみたいな事はもっと考えて欲しいという話です。不意打ちや唐突に現れる理不尽な強敵の行動で全滅し進行を破棄される事を礼賛する,宗教的な行いであるというような見方をされる事が善であるとは僕は思えません。安定していると平坦なリソースの削りあいに終始するのでブレを起こしているみたいな話もありますが,なら別に下にブン回す必要はなくない??? みたいな事でもあります。

 これについてはまだなんか言いたいことがちゃんとまとまっていないので,読み返して別にそうでもねぇなと思ったら消してなかった事にするかもしれません。

人にものをすすめる - 2016年05月04日

 人にものを勧めることって誰にでも大なり小なり経験があると思います。僕もよく人にものを勧めます。あんまり信頼されてない事が多いですけど(わからん)。
 人にものを勧めるに当たって最も危惧すべきなのは何が良いのかをわかって貰えないという事です。そして他人の時間というのは自分に比べて大変有限の度合いが高い場合がほとんどなので(他人の時間のうち,「自分のために使ってもらう時間」を作ってもらうため),そういう事が続くと自分のために使ってもらえる時間は減ります。信頼度ですね。僕の周りには僕に対する信頼度がめちゃ低い人が多いのですがもしかしたら僕が被害妄想してるだけでお勧めしたら案外素直に聞いてくれるのかもしれません。よく考えたら否定される事が怖くてそんなにお勧めしてないかもしれない最近。

 良いもの,気に入っているものを勧める時に,「これが良いのはわかるけど,自分は面白いとは思わない」みたいな返答が来るのは別にぜんぜんかまわないことだと思っています。個人的には良い/悪い,好き/嫌いは別の問題で,つまらんけど好き,全てが良くできてるけど嫌い,みたいな認識の仕方をします。良いものを良いものであるという価値観を共有出来るのはまぁ幸せな結末でしょう。
 良いし好きだと思っているものをつまらんし好かんと評価された場合,良いと思っている自信の信頼性は揺らぎますが,それを好きだと思っている限り自分自身の思想,嗜好,そういったものへの自信には特に影響はないでしょう。虎くんも好きなものに自信を持てって言ってました。

 良いと思ってもらえない経路がなかなか曲者で,たとえば単純に自分が最高だと思っているものをお勧めしてその場で触れてもらったけど反応が芳しくない,みたいな奴はそんなに悪くなくて,良いと思ったものを勧めたら別のシリーズから手を出したとか,勧められた記憶が脳の片隅に保持されたままある程度の時間が流れて,結構違和感ある状態になったものに触られてなんか違うなーってなった時,「うう,いや,俺が言いたいのはそういう事じゃないんだよ,うう〜」とふわっとした言い訳したりしませんか?(僕はします) あと初心者向けとか言って実はそんなに好きじゃないシリーズの奴を押し付けたらまたなんか微妙な雰囲気になったりして,ちょっとお前が好きな奴触ってみるわ,普通に面白いじゃねぇか何でこっちからやらせたんだよ,いや俺はつまらんと思ってるけど初心者向けに導入が良いかと思って,とかいうような感じになったりしませんか?(僕はします) じゃあ最初から一番気に入ってる奴を勧めりゃいいよなーってなりますよね。タイミングも大事ですね。しかし実際に触れるのは相手の気分と都合があるのでいろいろ難しいですね。

 一方でお勧めするに当たって,シリーズものだったりする場合って作品が持つ文脈ってあるじゃないですか。ただナンバリングが続いてるだけならともかく,その作家さんであるとかメーカーが持つ作品の背景とか,繋がりとか,もともと特定の狭いユーザーをターゲットに作ってあるとか,とにかく,「この作品がめちゃくちゃ好きで最高なんだけど,この作品を触れる前に前提として絶対に抑えてほしい文脈があって,それを無視した場合俺が楽しんでるのと同じ様に楽しめるかわからない」っていう状態,ありませんか?(僕はあります) わかりやすい例だと4クールアニメが顕著で,僕はアニメシリーズの途中から入ってもあんま気にしないで見れる人なんですが,それが正しい見方かっていうとシリーズである以上そういうわけでもないじゃないですか(たぶん)。続き物がどっかのタイミングでいきなり今はじめた人に向かって説明し始める事とかたまにあるので正しい見方なのかもしれませんけど。
 もう誰でもいいからお勧めしたい作品(作品のコミュニティの拡充をしたい作品),特定のグループにまとめてお伝えしたい作品(身内なんかで瞬間的に流行らせたい作品か,誰かとりあえずやればいいや程度の作品),ピンポイントな相手に消化にかかるコストを考えてお勧めしたい作品(良さを共有して今後熱心なファンにしていきたい作品)みたいな感じで区別してるのかもしれないですね。
 あと最近ばくち的な勧め方(最新作が出たタイミングや話題になったタイミングで過去の作品にも興味を持ってもらいたくて勧めるとか)が減った気もします。そもそももう触れないで欲しい,そっとしておいて欲しい,俺は好きな作品と心中するから,別に評価とかしないでいいみたいな生き方に徐々に寄ってきている気がします。

 あー何の話かわからなくなってきたので適当にまとめて終わるか。年食ってくると周りも年食った人が増えてきて,使えるお勧め銃弾の数が減ってきます。時間があっても立ち上がる気力が起こらないみたいな人がちらほら出てきて,僕もそうなんですけど,新しいことに取り組むやる気がグッと起こらなくなってきます。そういう中でものを勧めたり勧められたりして実際にやるのはだいぶ希少な経験になってきました,大事にしたいですねという話です。

 あと,僕は「人を選ぶ作品」とかいう気持ち悪い擬人化&責任転嫁行為が嫌いなので,この言葉を基本的には使わないんですが,人は作品に選ばれたいんでしょうか? このラブソングは私のことを歌っているんだわなどという妄想に耽るのはティーンエイジャーの特権だと思うのですが……。

グッズ販売で手間を掛けずに儲けたい - 2016年05月03日

 以下のようなものを考えました。
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雑記 - 2016年04月24日

 昔のゲームは今より遥かに難しく,トライアンドエラーを忘れてしまった今のプレイヤーにはこの程度のゲームですら難しく感じるのか,という,「おはようございます」という挨拶と同じくらい凡庸な,有史以来使われ続けている謳い文句があるんですけども,このインターネット全盛の2016年になってもまだ聞けるのはある種失われることのない美徳,誠実さとして感じられる面もありますね。どんな時代に生まれついても金太郎飴のように変わらない世界を見る事ができるのは良し悪しがあります。ゲームを取り巻く環境も僕がゲーム遊ぶようになってからそんなに変わってないですよね。

 難易度という曖昧な要素は環境の中央値で決まるようなものではないので,僕はそもそも何かと比較して難易度に言及する事がナンセンスだと思っていますが(スーパーマリオ1は今遊ぶとびっくりするほど難しかったりしますが,同時にあんなに難しいと言われつづけていたスーパーマリオ2があくびが出るほど退屈だったりするように),昔のゲームとかゲーマー向け,ゲームが本当に面白かった頃みたいな前置詞を並べるに当たって特定の何か,明確にイメージする作品があると思うのですが,今の所そういう何か具体的な指標があるという話は聞いた事がありません(もしくは聞いたけど覚えるのが面倒で忘れている)。

 これは別に難易度に限った話ではないんですけど,僕が思うに,思い出と比較しているのではないか,存在しない架空のゲーム,すばらしい無敵の空想と現実のゲームを比べることで自分の聖域を守ろうとしているのではないか(攻撃的なのは防衛思想の現れではないのか)という印象なのですが,どうでしょうか。どうでしょうかって何がだろうな。

windows7のエクスプローラの挙動で納得が行かないランキング第1位 - 2016年04月21日

 第一回Windows7の不快な操作選手権第一位は……?
 「フォルダを開こうとしてやっぱやめて別のフォルダを開こうとするともう一個ウィンドウが開く」「一覧では文字列幅がクリック判定になっているのに詳細にすると行全体が判定になる」「デフォルトで容量が表示されない」「バックスペースが『戻る』とかいう謎の操作になっている」などの強豪を抑え……

 「デスクトップアイコンの当たり判定が見た目より大きい」が堂々の優勝を果たしました。
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 優勝の決め手は,単純な使い勝手の悪さに加え,ドラッグ時は当たり判定が別に計算されているというユーザビリティ(対象:俺)を無視したデザインになっている所が評価されました。


 審査員のモスーさんは今回の授賞について「クリックしたいアイコンの隣をクリックしてしまったり,範囲選択をしたいのにどうでもいいアイコンをドラッグする事を頻発させ,PCを破壊したい衝動に何度も駆られた。Windows8や10も触った事はあるが,Windowsは我々を甘やかしすぎたのかもしれない。Windows10に更新しても大して利用感は変わらないので早い所アップデートしてしまった方が良いというが,Windows98以後,我々は多数のソフトの屍を積み上げる事で同時に未来を築き上げてきた。PCの中には起動しなくなったゲームが山のように積まれている。もうこれ以上悲しい犠牲を生みたくない。あと古いゲームを起動するために仮想OSを入れたりPC98実機を置き続けるのがしんどい。そもそもWindowsXPの時点で……」等と意味不明な供述をしており

雑記 - 2016年04月19日

 介在する矜持。あなたは誰でもなく,それらは目的でもなく,いくつかの期間や,句点,セクションやエピソード,テーマ,および私たちのために残された表現である。
 消費するオブジェクトだけが敵である。コピーで何かを生み出す人は,文脈が汲み出す努力を行う。私たちは模倣から出発し,模倣のための努力をし,現在,独創力の断片も改めて持たない万物にも問いかけ,それを作品と公表し続けている。(!)

 私が知る限り,彼女もそれについて話していた。予備の,かつ豊富な知識量,突破した物語,無数の現象は有機的に連動し,私は言う,いつ生まれながらの規範が巨大な学習であったかのように,および(何か),および基礎,および思考は,知識が線を描き,いくつかが偶然に重なり,取るに足りない力のための説明は不安定で,表面化している。冷笑は美徳。

 何も考えず話すことは多義的な嘘であり,多くの人は個人のために自身を勝ち取り,認識の下で,彼ら自身にとって論理的に考えた結果を話し,それは同時に彼ら自身にとっての全てでもある。思慮のなさによってほとんどの人を考慮できない私たちも,ただ普通の人である。

 奇抜は敵であり,平凡は最も鋭き剣である。凡庸は良き優秀な仲介者であり,それはすべてを変更するためでしかなく,その前でたった今映し出されたものは,能力を比較することが出来ることに怯え,目新しさは方法のように語られる。

 現実の外に創作を選び,創作の外に現実を選ぶ。私はいつも標準の真実が好都合であると思うが,彼らがそれについて話しているとき,2倍は真実である。悲痛な叫びにも聞こえるが,私はそもそもの結果としてそにょうな不安定さ,苦悶,脱出,および汚物によりカバーされた沼地の底に作り上げられると,一方では考えている。

ポップンエクラル 感想(1) - 2016年04月07日

 ポップンミュージックエクラルが出ておおよそ半年くらい経ちました。本当はもっと早くに一度総括したかったのですが色々あったというかオフィーリアがパフェれなかったのでまとめとか言ってる場合ではなかったというだけです。
 ちょっと否定的な意見が多めになってしまうとは思うんですけども,好きなのは好きなので勘弁していただきたい。

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クエストオブミスティア - 2016年03月28日



昨年10月につくったやつです。半年たったし,入手手段とかも今はないのでべつにいいかなって思いました。
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